Shall we puzzle ?

パズル作者さんの中には「想定する解き手」を持っている人もいるようですが、ぼくはあまり考えません。強いて言えば「解き手としての自分」がそれにあたりましょうか。ぶっちゃけて言うと好き勝手に作っているだけということになりますな。
解き手を想定するには、作り手と解き手の関係を設定しなければなりません。大雑把に言うと、解かせようとするのか解かせまいとするのか。当然この辺は一問の中で混在することも可能(と、いうよりそれが普通)ですので一概には言えないのですが、ぼくの場合は解かせようとする意識のほうが強いです。強いんですってば。
では、想定される解き手としてはどういう人がいるか?
年齢性別趣味嗜好、多様すぎてとても追いきれません。野球ファンとか鉄道ファンなどのターゲットなら割と考えやすそうです。
で、ここから本題。パズルって複数人数で解く機会ってどのくらいあるのでしょうね?
各世代のヒントを織り交ぜて入れて、御家族で解いてもらうことを想定したクロスワード、なんちゅうのも考えられます。ナンクロなんかも、単語の連想はそれまでの人生に負うところが多いでしょうから、うまく作れば実現できそうですね。数字系パズルはちょっと難しいかも。
もちろん、作り手が格別そういうことを考えなくても、ひとつのことに対して何人かで同じ時間を共有するというのは楽しいものです。作者が考えていない楽しさをその創作物から読み取ってもらえるなんてのは、なんだか得をしたような気になります。とても嬉しい。

なんてことを今日本屋で見かけた恋人たちを眺めながら考えたものでした。なんだか二人してずいぶん入念に各パズル誌をチェックしてましたけど、お気に入りは見つかったのでしょうか。